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福岡地方裁判所 昭和40年(わ)511号 判決

被告人 岩井正直 外二名

主文

一、被告人粟田昭雄を懲役三月に処する。

二、被告人岩井正直を懲役二月に処する。

三、被告人上嶋夏実を懲役二月に処する。

四、被告人三名に対し、いずれもこの裁判確定の日から一年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

五、<訴訟費用の裁判略>

六、被告人岩井正直は、本件公訴事実中、西三郎に対し多衆の威力を示して暴行を加えたとの点(起訴状記載の公訴事実第一)については無罪。

七、被告人粟田昭雄、同上嶋夏実は、いずれも、本件公訴事実中威力を用いて業務を妨害したとの点(前同公訴事実第四)については無罪。

理由

第一、事件発生に至る経過等について

一、被告人らの地位およびその所属する全日本造船労働組合福岡造船分会の組織

被告人らは、いずれも福岡市湊三丁目三番一四号所在の福岡造船株式会社の従業員で、同会社従業員をもつて組織する全日本造船労働組合福岡造船分会(以下福岡造船分会と略称する。)の組合員である。

福岡造船分会は、昭和三二年一二月二六日頃、興洋造船株式会社従業員約一四〇名をもつてはじめて結成され、当初は興洋造船労働組合と称していたが、興洋造船株式会社が福岡造船株式会社と社名を変更したのに伴い福岡造船労働組合と名称を改め、さらに昭和三五年九月一一日、全日本造船労働組合(本件の後に、全日本造船機械労働組合と改称される。)(以下全造船と略称する。)に加盟して名称を全造船福岡造船分会と改めた単位組合であつて、昭和三八年春闘当時においては、福岡造船株式会社(以下会社と略称する。)に勤務する従業員中工員約四十六、七名をもつて組織されていたものである。

二、昭和三八年春闘における賃上げ等諸要求と同年四月一二日および一三日の両日に亘るストライキに至る経過福岡造船分会は、昭和三八年二月一三日、全造船の春闘統一要求の一環として、会社に対し、書面をもって、

(一)労働賃金値上げの件

(1)組合員一名当たり日額、一二〇円の賃上げ。

配分率一率。

(2)定期昇給として、組合員一名当たり日額六〇円の昇給。

配分四〇パーセントを賃金是正額とする。

(3)昭和三七年一一月二二日付の協定書に基づく一金五〇〇円也の手当を基準賃金に繰り入れること。

(4)実施期日は昭和三八年二月二一日とする。

(二)人員補充の件

本工所属の部署に四〇名を本工として新規採用し、人員の補充をする。

(三)労働時間の短縮の件

現行の八時間労働を七時間に短縮する。

(四)時間外労働割増率(早出を含む。)の引き上げの件

(1)残業割増率の現行二割五分を三割五分に引き上げること。

(2)深夜残業割増率の現行五割を六割に引き上げること。

の諸要求をなし、同年三月初旬頃から会社と数回に亘る団体交渉を重ねた結果、同月末頃、ようやく正規の団体交渉の下準備として、従来から慣行的に開催されていた、組合側は三役(執行委員長、同副委員長、書記長)のみが出席する労使間協議の小委員会の席上において、会社側から、前記諸要求中(一)の労働賃金値上げの件につき、「定期昇給分も含めて二、八〇〇円のベースアップ、同年三月二一日から実施。」との回答を得るに至つた。しかしながら会社側の右回答には、ストライキを実施しないこと、との条件が付されていたため、同分会はこれを不満とし、右条件の撤回を求め、無条件回答を強く要求したが、会社はこの条件を付することに固執し、例年の賃上げ交渉妥結時期である三月末日を経過してもなお全く解決の見通しがたたないため、全造船本部にオルグの派遣を要請して支援を求め、同年四月六日全造船中央執行委員下山実がオルグとして来るに至つた。

福岡造船分会は、直ちに、右下山オルグが団体交渉に出席することを認めるよう会社に要求したが言下に拒否されたため、同月一〇日、全造船福岡造船分会執行委員長名義で、全造船中央執行委員下山実に団体交渉権限を委任する旨記載した同日付委任状を作成し、これを会社に提出しようとしたところ、会社は、これまで福岡造船分会に対し全造船の名称を使用することを許さなかったため、同分会において、やむなく「福岡造船労働組合」の旧名称をそのまま使用してきた事情を十分知りながら、全造船の名称を突如使用するに至つたと難癖をつけてこの委任状の受領を拒み、依然として下山オルグの団体交渉への出席を承諾しようとせず、また賃上げ額の回答についても前記の条件を付することに固執したばかりでなく、この条件付き賃上げ回答ですら、従前からの労使の慣行を楯に、正式の団体交渉の席上で回答することを拒み続けたため、労使間の交渉は決裂状態となつた。

福岡造船分会は、かかる会社側の労働法無視の態度を是正させ、正規の団体交渉のルールによる解決に応じさせるためには、争議手段に訴える外はないと判断し、下山オルグの指導のもとに同月一二日正午全造船本部からのスト指令を得て、同日午後三時から翌一三日始業時まで全員ストライキに入ることを決定し、その旨を会社に通告した。なおストライキに入る直前に、会社側の総務部長日高義治と福岡造船分会執行委員長、副執行委員長との間でストライキ回避のための話し合いがなされ、その席上分会側は、下山オルグの団体交渉への出席が認められるならばストライキを中止する用意がある旨重ねて申し入れたにもかかわらず、会社側からこれを拒否され、ついにストライキが決行されることになつた。

会社は、ストライキの通告を受け取ると、直ちに福岡造船分会に対し、ストライキ中における組合員の会社工場構内への立ち入りを禁止する旨、書面をもつて通告するとともに、同旨の掲示を会社工場正門外側に貼り出し、あるいは、正門、通用門を閉鎖するなどした。一方福岡造船分会は、会社の経営政策上同会社の大部分の作業部門のすべてが下請企業にゆだねられ、そのため、会社工場内において各種作業に従事する者のうち、会社の従業員の身分を有する工員(いわゆる本工)は僅か五〇名程度に過ぎないのに対し、下請企業の身分を有する工員(いわゆる社外工ないし下請工)は実に約四八〇名の多きに達するという特殊事情にあるため、単純な労務不提供のストライキのみによつては争議の実効性を期し難いところから、会社の前記通告等の措置にかかわらず、組合員多数が隊列を組んで会社工場構内へ度々立ち入つて いわゆる構内デモをも反覆併用するストライキ戦術をとつた。そして右ストライキ中に、公訴事実第一ないし第三記載の事件が相次いで発生した。

三、右ストライキ実施以後、交渉妥結に至るまでの団体交渉等の経過

右ストライキ後、同月二二日に団体交渉が再開されたが、会社側は依然として、下山オルグの出席を認めないばかりか、ストライキ決行を理由に、前記二、八〇〇円の賃上げ回答を白紙に戻すと言い出し、団体交渉はいよいよ紛糾をきわめたので、下山オルグはやむなく同月二七日、開催予定の団体交渉の場所へ自らすすんで赴き、福岡造船分会の執行委員長、副執行委員長、書記長、執行委員らと同席して、会社側の交渉担当員の着席を待つていたところ、会社側の日高総務部長は、下山オルグが在席していることを理由に着席を拒み、団体交渉を拒絶したのみならず、下山オルグが、「正式の団体交渉としてではなく、懇談会としてでもよいから自分の出席するところで交渉をやつてもらえないか。」と下手に出て頼んだにもかかわらず、この申し出でさえも会社側は拒絶した。かかる明白な団体交渉拒否に会つた下山オルグは、最早この問題の解決は地方労働委員会に持ち出す以外には方法がないと考え、福岡造船分会をして、同月二九日、下山オルグに団体交渉権限を委任する旨の全造船中央執行委員長宛の同日付書面を作成させ、その書面を添えて、団体交渉権限を委任した旨を会社に通告させ、併せて団体交渉の申し入れをさせた。しかしながらこの申し入れに基づく同年五月三日に開催予定の団体交渉も会社側から下山オルグの出席を拒否され不成立に終つた。そこで福岡造船分会は、地方労働委員会に右労使間紛争の調整を要請して会社側の善処を期待する一方、下山オルグの指導のもとに同月七日午前八時から同月九日午前八時まで四八時間ストを決行した。さらに福岡造船分会は、同月一六日、会社に対し、団体交渉の再開を申し入れ、二、三回の団体交渉を経たのち、ようやく同月二五日になつて会社から「定期昇給を含め二、八〇〇円のベースアツプ、ただし四月二一日より実施。」との回答を得たが、右の回答は実施時期の点で前回の回答を下廻るものであつた。その間福岡造船分会は、五月二二日、地方労働委員会に、団体交渉への下山オルグの出席拒否についての救済の申し立てをなし、同月二十四、五日頃、下山オルグと会社の専務取締役川野源介は同委員会に喚問されるに至つたが、依然会社は下山オルグの団体交渉への出席を認めようとしなかつた。一方福岡造船分会は、五月二五日付の会社の前記回答を不満としながらも、労使の紛争妥結を図る方法として、会社に対し、同月二六日に下山オルグと会社側重役との会談を開くように申し入れ、双方において開催の合意をみるに至つたが、当日になつて会社は、特段の理由もなく右会談の開催を拒否した。福岡造船分会は、かかる会社の不誠実で背信的な交渉態度に反省を求めるため、街頭でのビラ貼りによる広報活動などを行なうとともに、同月二十七日、書面をもつて、同日午後六時からの団体交渉開催を求めたところ、会社側は同月三〇日にしか団体交渉に応じられないと回答してきた。

福岡造船分会は、以上のように、団体交渉開催の申し入れに誠実に応じようとしない会社の態度に抗議するため、同月二八日午後一一時から争議行動に移ることを決定し、これを実行した。そしてその際に公訴事実第四記載の事件が発生した。

その後会社は、地方労働委員会の斡旋を受諾し、福岡造船分会との団体交渉に、上部組織である全造船のオルグが参加することを承認し、同年六月一二日の団体交渉において、「定期昇給を含め二、九二五円の賃上げを四月一日から実施し、さらに同年三月分の一か月分の賃金相当額を一時金として支給する。」との条件で交渉は妥結し、ここに争議は終了した。

第二、罪となるべき事実

被告人らは、いずれも前記福岡造船株式会社の従業員で、福岡造船分会の組合員であるが、同分会は前示のように昭和三八年四月一二日午後三時から翌一三日始業時までのストライキに突入したものであるところ、

一、被告人粟田は、同月一三日午前七時三〇分頃、福岡造船分会所属の他の組合員約四〇名とともに、前記福岡造船株式会社の工場構外にある組合事務所に集結したのち、右組合員と構内デモを行なつたが、右デモ隊は、赤旗を持つた被告人粟田を先頭に、二列縦隊で、右工場構内に向かい、会社守衛西三郎の制止を無視して正門横の通用門を通り抜け、同構内へ立ち入り、木工場等構内各所をデモ行進したうえ、前記通用門へ引き返してきたところ、さきに右デモ隊の構内立ち入りを制止した際、デモ隊列中の組合員田口忠弘から暴行を受けた前記西三郎(明治三二年一〇月四日生)が、同構内の前記正門付近に駐車中のクレーン車横で、田口に抗議するために右デモ隊を待ち受け、同所を通過しようとしたデモ隊の後方に位置していた田口に対し、「田口、お前、俺に暴力を振るつたな。」と文句を言うと、ここに被告人粟田は、隊列中の他の組合員多数とともに、「何をぐずぐず言うか。」等と言つて西を取り囲み、西の真近にいた数名の組合員と暗黙裡に意思を通じ合い、両手で持つていた旗竿を立てたまま西の身体に押しつけ、これとともに右組合員数名も交々手や身体で西の身体を押して、前記クレーン車に押しつけ、もつて多衆の威力を示し、かつ数人共同して暴行を加えた。

二、被告人粟田、同岩井、同上嶋は、同日午前七時四五分頃、他の組合員約四〇名とともに、工場構内でのデモ行進を終えたのち、同構外の正門前に集合して、執行委員長らから、当日のストライキ行動を終了し解散する旨の指示を受け、同七時五〇分頃、就労のため各自の職場に赴くべく通用門から入門しようとしたところ、守衛長から、会社の指示があるまで入門を見合わせてくれとの申し出でを受け、やがて守衛長から連絡を受けて通用門まで赴いて来た会社総務部長日高義治(明治三四年三月一八日生)から「午前八時までストライキをするとの通告を受けているから、ストライキ解除の通告がない限り午前八時までは入門させない。」旨申し渡され、田川副執行委員長らにおいて「ストライキをやめて就労するのだから入門させろ。」等と再三申し入れたにもかかわらず、日高から「入門するなら、何時何分にストライキを解除する、との通告を会社宛に出してくれ。それを出さない限り入門させない。」旨強硬に入門を拒否され、その折右田川が「会社はまだ揉み足らんと言つておるぞ。もうひと揉みしてやれ。」と言つたのを皮切りに、他の組合員らも「よし、ひと揉みしようじやないか。」「やれ、やれ。」と言い出し、それと同時に、被告人三名は他の同組合員約四〇名とともに、通用門から一気に前記工場構内に乱入し、両手をひろげて立ち塞がる右日高を後退させて、これを取り囲み、ここに同組合員約四〇名と共謀して、同工場構内守衛室付近において、「ワツシヨイ、ワツシヨイ」と掛け声をかけながら右日高のまわりを数回駈けまわつて、同人をその渦巻きの中に巻き込み、同人のまわりに密集して、その身体を肘で突いたり、押しまくつたり等して暴行を加えるうち、折から一名の同組合員がその場に転倒したのをきつかけに、日高がそれに折り重なつて倒れ、さらにそのうえに他の同組合員らが倒れかかるなどした結果、日高に対し加療約一週間を要する右中指、環指、右足関節、左大腿部打撲傷の傷害を負わせた、

ものである。

第三、証拠の標目(略)

第四、法令の適用

被告人栗田の判示第二の一の所為は、包括して、暴力行為等処罰に関する法律等の一部を改正する法律(昭和三九年法律第一一四号)付則二項により、同法による改正前の暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項、罰金等臨時措置法三条一項二号に、被告人三名の判示第二の二の各所為は、刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、それぞれ該当するので、いずれも各所定刑中懲役刑を選択し、被告人栗田については、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の二の傷害罪の刑に同法四七条但書の制限内で併合罪の加重をした刑期の範囲内で処断することとし、以上の各刑期の範囲内で、被告人栗田を懲役三月に、被告人岩井を懲役二月に、被告人上嶋を懲役二月にそれぞれ処し、被告人三名に対しいずれも情状により同法二五条一項一号を適用し、この裁判確定の日から一年間それぞれの刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、主文第五項記載のとおり、刑事訴訟法一八一条一項本文に則り一部を被告人栗田の単独負担とし、同法一八一条一項本文、一八二条に則り一部を被告人三名の連帯負担とする。

第五、弁護人らの主張に対する判断

一、公訴棄却の申し立てについて

弁護人らの主張はこれを要するに、「本件起訴状記載の公訴事実第三(判示第二の二の被告人三名の日高義治に対する傷害の罪)につき、検察官は、実行行為者が不明で、各行為主体を特定することができない行為結果についてまで、被告人三名を傷害罪の共謀共同正犯者として起訴している。つまり検察官は、被告人三名に対し、実行行為者が不明であるため共謀共同正犯者としての刑責を問いえないことの明らかな事実を起訴状に記載しているのであつて、これは裁判官に対し、事件につき予断をいだかせる虞のある事項を記載したものというに外ならないから、右は刑事訴訟法二五六条六項に違反し、本件起訴は無効である。よつて同法三三八条四号により公訴棄却の判決がなされなければならない。」というものである。

そこで判断するのに、本件起訴状記載の公訴事実第三をみるに、日高義治に対する暴行行為のうち、検察官において、その実行行為者の氏名を特定できないものがあることは、弁護人らの指摘するとおりである。しかしながら右記載の公訴事実によれば、その実行行為者は、被告人三名と行動を共にした福岡造船分会所属の他の組合員約四〇名のうちに含まれているものであることが、それ自体によつて明らかであるから、実行行為者としての特定になんら欠けるところはないということができる。そしてこの程度に特定された事実であれば、検察官において、被告人三名との共謀を立証することができる可能性は十分に認められるところである。してみれば、本件起訴状に、被告人ら三名につき共謀共同正犯としての刑責を問うことのできる可能性が全くない事実、つまり裁判官に不当な予断をいだかせる虞のある事項を、記載したというには当たらない。

よつてこの点に関する弁護人の右主張は理由がない。

二、判示第二の一の事実は、可罰的違法性がなく、仮にそうでないとしても正当防衛行為として違法性が阻却される旨の主張について

弁護人らの主張はこれを要するに、「被害者西三郎は、整然とデモ行進をしている組合員の中に、田口忠弘を認めると、これに飛びかかり、田口の腕を掴んだりして、執拗にデモにつきまとい、組合員らのデモ行進を妨害した。西の右行為は、憲法二一条、二八条により保障された組合員および田口忠弘の団体行動権を不法に侵害するものである。本件の被告人粟田が西に対して行なつた所為は、この団体行動権を侵害する西の行為に抵抗し、これを排除するためになしたものであつて、目的において正当であり、かつこの目的を達するためにやむをえず行なつたもので、西に対する法益侵害の程度も軽微で、行為態様も、右の目的、手段等に照らして社会的相当性の範囲を逸脱するものではない。以上のとおりであるから、被告人粟田の右所為は、そもそも法の予定する可罰的違法性を欠き、構成要件該当性そのものが否定されねばならないものである。仮にそうでないとしても、前記の団体行動権に対する急迫不正の侵害に対し、防衛のため、やむをえず為された反撃行為であり、かつ防衛行為として相当なものであるから、正当防衛行為として違法性を阻却する。」というものである。

そこで検討するに、当裁判所の認定した本件発生に至るまでの西の行為ならびにこれに対する被告人粟田の本件所為はさきに判示のとおりであつて、これと異る事実関係を前提とする弁護人らの右各主張は、既にその限りにおいて失当であるといわねばならないのであるが、以下判示認定の事実に則つて、弁護人らの右各主張に対して判断を加えるに、

(一)可罰的違法性がないとの主張につき

判示事実およびこの点に関する前掲各証拠に徴すれば、被告人粟田の本件所為は、極く短時間にとどまつたとはいえ、判示事情のもとに、老齢の西三郎ひとりを、約四〇名の者で取り囲み、そのうちの五、六名の組合員と共同して判示暴行に及んだものであつて、犯行による被害の程度も決して軽微とはいえず、犯行の態様も、その目的、動機、手段等に照らして社会的相当性の範囲からの逸脱の程度が微弱であるとはいい難く、以上いずれの点からしても可罰的違法性を欠くものとは認めることができない。

(二)正当防衛の主張につき

前判示の事実および証拠に徴すれば、本件犯行は、西が、デモ隊の後尾の方にいた田口に対し、抗議のため、文句を言つたことに端を発したものであるが、西としては、自己に暴力を振るつた田口に文句を言つたうえで、謝らせようと考えていたに過ぎず、はじめから右デモ行進を妨害する意思が全くなかつたことは極めて明らかで、さらに西の右行為によつて、前記のデモ行進が妨害されたり、格段の支障を受けたとも認められないのであるから、西の右行為により、前記のデモ行進(弁護人のいうところの組合員および田口の団体行動権)が急迫なる侵害を受けたことは到底認めることができない。従つてその余の点についての判断をするまでもなく、被告人粟田の右所為が、正当防衛行為に当たらないものであることが明らかである。

よつて判示第二の一の事実に関する弁護人の右主張はいずれも理由がない。

三、判示第二の二の事実は、可罰的違法性がなく、仮にそうでないとしても正当防衛行為として違法性が阻却され、さらにそうでないとしても超法規的違法阻却事由があるものとして違法性が阻却される旨の主張について

弁護人らの主張はこれを要するに、「会社の始業時刻は午前八時になつていたが、その五分前までに朝礼場に集合して朝礼を行なうのが毎日の慣例とされていて、朝礼に参加するためには、遅くとも午前七時五〇分までには入門し、タイムカードを打刻しなければならない。会社の総務部長日高は、このような出勤時間の実態を十分知悉していながら、「スト通告は、午前八時までストライキをするとなつているのだから、入門するならスト解除の通告書を会社宛に出せ。鉢巻きをとれ。」等と屁理屈を並べ、田川副執行委員長から「ストライキは終了した。就労のため入門するのだ。今から入門しなければ遅刻になる。」旨再三にわたり説明があつたにもかかわらず、あくまで入門拒否の態度を変えなかつた。日高の右行動は組合員の就労を不当に阻止したものである。組合員らは、日高のこの不当な就労阻止に抗議するため、守衛室前でデモ行進をすることになつたものであるが、この抗議デモは団体行動権の行使としてもとより正当な行為である。しかるに日高はさらに、通用門に立ちはだかり、両手をひろげて、このための組合員らの入門を阻止する態度に出た。被告人らは、この正当な抗議デモを阻止しようとする日高の、不法な団体行動権侵害の行為を排除するため、やむをえず日高の身体を肘で突くという単純な暴行行為に及んだものである。当時労使の対立が激化しているなかで、しかも日高が不当に被告人ら組合員の就労を阻止したという事情のもとでの行為として、被告人らの右所為は、社会的相当性の範囲を逸脱するものではなく、法益侵害の程度も軽微である。以上のとおりであるから、被告人らの右所為は、そもそも法の予定する可罰的違法性を欠き、構成要件該当性そのものが否定されねばならないものである。仮にそうでないとしても、自己および他の組合員らの団体行動権を侵害する日高の急迫不正な侵害行為に対し、防衛のため、やむをえず為された反撃行為であり、かつ防衛行為として相当なものであるから、正当防衛行為として違法性を阻却する。さらにそうでないとしても、前記の諸事情に照らし、超法規的に違法性が阻却される。」というものである。

そこで検討するに、本件発生に至るまでの日高の行為ならびにこれに対する被告人ら三名の本件所為はさきに判示のとおりであつて、これと異る事実関係を前提とする弁護人らの右各主張は、既にその限りにおいて失当であるといわねばならないのであるが、以下判示認定の事実に則つて、弁護人らの右各主張につき判断を加えるに、

(一)可罰的違法性がないとの主張につき

判示事実およびこの点に関する前掲各証拠に徴すれば、被害者日高義治は、本件犯行によつて判示のような傷害を受けたもので、被害の程度は軽微とはいえず、また犯行の態様も、その手段、方法の点において社会的相当性の範囲からの逸脱の程度が著しいという外はないのであつて、以上いずれの点からしても可罰的違法性を欠くものとは認めることができない。

(二)正当防衛の主張につき

前判示の事実および証拠に微すれば、日高義治は「会社宛に、文書で、ストライキを解除した旨の通告がなされない限り、始業時刻の午前八時までは入門させない。」とこれを拒否したもので、日高の右入門阻止は午前八時にいたるまでの僅か一〇分間内外のことに限られ、勿論午前八時がくれば入門のうえ就労を許す趣旨のものであつたことはその経緯に照らして明らかである。しかしながら会社においては、従来から始業時刻につき、弁護人主張の如き慣行があつたのは事実であつて、この慣行からすれば、日高の右措置は、その経緯および内容等からして、必ずしも不当とまでは言えないにしても、少なくとも穏当を欠くものであつたといわねばならないであろう。従つて、日高の右措置に対し、組合員らが、なんらかの抗議の行動をすることは、その手段、方法等が社会的相当性の範囲を逸脱しない限り正当な行為として許さなければならないものと考える。

そこでこれを本件についてみるのに、判示経緯のもとに、一気に通用門を突破して工場構内に乱入したうえ、日高に対してなされた被告人らの判示所為は、乱入の契機、暴行の態様等からみて、到底前記抗議のための行動(ないしは弁護人主張の如き、抗議のための、団体行動権の行使としてのデモ行動)とは理解することが困難で、むしろ日高の右入門阻止をきつかけに、同人に対する日頃の憤懣と右阻止行為に対する憤りが一気に爆発し、同人をこらしめようと企て、故意に同人に対し、判示暴行の挙に出たものと認めるのが相当であつて、してみれば被告人らの判示所為は、正当な権利の行使としての抗議行動ではなくして、専ら日高に対する前記の故意に基づく積極的な暴行加害の行為であるといわねばならず、そもそも自ら先んじてこのような不正の行為を敢行した被告人らの本件所為につき、正当防衛を論ずる余地がないことは、正当防衛行為の本質に照らしいうまでもないところであるので、その余の点についての判断をするまでもなく、被告人ら三名の本件所為が正当防衛行為に当たらないものであることが明らかである。

(三)超法規的違法阻却事由の主張につき

弁護人のこの点に関する主張は、一般的に、如何なる要件が備われば、超法規的に違法性を阻却するものとするのか、全く不明確である。

そこで考察するのに、いわゆる超法規的違法阻却事由の理論は、要するに、違法性の判断が、全法律的秩序の立場から、個々の行為について、あらゆる具体的事情を考慮してなされるものであるから、違法阻却事由のすべてを、予め明文をもつて網羅的に規定しておくことは不可能であり、従つて刑法が、正当防衛、緊急避難、法令による行為、正当行為を違法性阻却事由として規定しているのは、違法性阻却事由の典型的な場合を掲げているに過ぎず、この外にも超法規的な違法性阻却事由を認めねばならない場合がある、とする理論と解される。しかしながら、如何なる場合に超法規的に違法性が阻却されるものとするかについては、学説は多岐に分れ、定説と認められるものはないとみるのが今日の現状であろうが、少なくともこのいわゆる超法規的違法阻却事由は、前記の各違法阻却類型と共通する正当事由(法益の権衡等)を有しなければならないものと解するのが相当であるところ、被告人三名の判示所為は、既に正当防衛についての判断にあたり判示したように、自ら先んじて判示の故意をもつて判示暴行に及んだものであるから、被告人らの右所為が、以上いかなる点からしてもいわゆる超法規的に違法性を阻却するものではないことは余りにも明らかである。

よつて判示第二の二の事実に関する弁護人の右主張はいずれも理由がない。

第六、無罪の判断

一、被告人岩井が、西三郎に対し、多衆の威力を示して暴行を加えたとの点(公訴事実第一)につき

(一)検察官主張の公訴事実の要旨は「被告人岩井は、昭和三八年四月一二日午後四時一五分頃、全造船福岡造船分会所属の他の組合員約四〇名とともに、前記福岡造船株式会社工場構内でデモ行進を行なつたが、この状況を、同工場内の守衛室入口付近において写真に撮影中の同社保安係員西三郎(明治三二年一〇月四日生)を発見するや、右撮影を中止させるため、他の組合員とともに西のところに殺到し、守衛室に押し込められた同人に対し、多数の同組合員が「写真機をとれ。」「やつてしまえ。」と怒号するなかで、写真機の提出を求め、西がこれを拒否するや、同人の左腕を両手で掴んでねじ上げて写真機を取り上げ、もつて多衆の威力を示して暴行を加えた。」というものである。

(二)当裁判所の判断

(1)当日の組合員らの行動について

まず、当日の組合員らの行動をみるに、(証拠略)を総合すると、

昭和三八年四月一二日、会社は、スト通告を受けると、直ちに福岡造船分会に対し、ストライキ中は同分会組合員が会社工場、事務所および構外を含むその他の事業場に立ち入ることを禁止する旨の通告書を手渡すとともに、会社工場正門外側に、ストライキ中の組合員の立ち入りを禁止する旨の掲示を貼り出す一方、会社総務部長日高義治は、正門横の守衛室に勤務中の守衛西三郎に写真機を手渡し、組合員の不法行為があつたときは写真撮影をするように命ずるとともに、ストライキ中の組合員の工場構内への立ち入りは禁止しているから、組合員のデモ隊を立ち入らせないように命じ、その注意を与えている最中、同日午後三時二五分過ぎ頃、福岡造船分会所属の組合員約四〇名が、会社工場構外の組合事務所前から、赤旗を先頭にデモ行進を開始し、会社工場正門に向つて行進して来、日高や西らの警告制止を無視して、正門に低く張られたチエーンを越えたり、正門横の通用門を通つて、工場構内へ入り、笛を吹き、ワツシヨイ、ワツシヨイと掛声をかけながら工場の方を約一〇分間行進したのち、同じコースを戻つて来て、工場構外に出、組合事務所の方へ引き揚げて行つた。日高は、西に対し、「今度デモ隊が来たら正門、通用門とも閉めろ。デモ隊の行動を写真に撮れ。」と指示して会社事務所へ戻つた。同日午後三時五〇分頃、再び同じ組合員約四〇名からなるデモ隊が、赤旗を先頭に立てて、ワツシヨイ、ワツシヨイと掛声をかけ、笛を吹きながら会社工場正門へ向つて来た。その時既に正門は閉鎖され、その横の通用門も煽止め(あおりどめ)の金具を固定し閉ざされていた。西は、応援に来ていた寺崎竜助とともに守衛室から出て、通用門の扉を手で押えてデモ隊の侵入に備えた。組合員らは、外から通用門の扉を激しく揺さ振つて、煽止めの金具をはずし、扉を外側に引つ張つて開き、喚声をあげながら構内へどつと乱入し、デモ隊形を組んで工場の方へ行進して行き、間もなく戻つて来て、守衛室横で二、三度渦巻き状にまわつて行進したのち、同日午後四時一五分頃、通用門を通つて構外へ出て行こうとした。その際西は、日高の命令に従つて、このデモ隊の状況を写真に撮ろうと考え、守衛室入口前において、約四メートル程離れた位置にいたデモ隊に向け、写真機を前に構えて写真を撮影した。そのときこれを目撃したデモ中の組合員らは、「なぜ写真を撮るか。写真機を取れ。」などと口々に叫びながら西に向つて押し寄せ、西は組合員らに押されるようにして守衛室内に後退した。そして組合員らは守衛室を取り囲み、口々に「写真機を取れ、引つ張り出せ。やれ、やれ。」などと怒鳴り、あるいは守衛室の板壁を蹴つたり叩いたりし、その中で、被告人岩井が西に近づき、「写真機をやれ(写真機を渡せの意)。」と言つて右手を出したが、西は左手に持つた写真機を背後に隠すようにしたので、西の左脇を掴み、写真機をもぎ取つて行き、他の組合員も一斉に工場構外へ引き揚げて行つた。同日午後四時三、四〇分頃、下山オルグをはじめ、福岡造船分会執行委員長、副執行委員長ら組合役員が、会社事務所に右写真機を持参し、会社総務部長日高らに「写真機を返却するから、中のフイルムを呉れ」と申し入れたが、日高は「既に事件の処理を警察にまかせているから。」と言つて写真機の受領を拒否した。

との事実が認められる。

ところで、以上認定の事実によれば、被告人岩井の前記所為は、外形上、右行為時の暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項の構成要件に該当することが明らかである。しかしながら右の所為は、争議中における工場構内デモ行進の状況を、会社守衛西三郎が写真撮影したことに端を発したものであることから、公判審理の過程において、被告人の刑責を決する前提問題として、デモ行進および写真撮影行為の正当性の有無が争点となつたので、以下これらの点につき順次検討を加えることとする。

(2)構内デモの正当性について

まず一般に、ストライキは、労働組合の争議行為の一つとして、団結による集団的労務提供義務の不履行を中心として行なわれるものであると解され、使用者に対する労働条件の改善等の経済的諸要求の実現を期するため、単純なる労務不提供行為に限定されることなく、右要求実現のための実効性ある諸手段を併せ用いることができるのであつて、暴行、脅迫をもつて使用者側の業務の遂行を妨害する等不法に使用者の自由意思を抑圧し、あるいはその財産に対する支配を阻止するような行為にわたらない限り、正当な争議行為として、ピケツテイング、デモ、文書等による宣伝活動等の補助的争議手段を用いることができることはいうまでもないところである。

また労働者が団結し、団体行動をなす権利が基本的人権の一つたる生存権として憲法において保障されている以上、この保障の限度において、他の権利、殊に使用者の自由権・財産権等が若干の制約を蒙るのはまことにやむをえないものといわねばならない。

労働組合が、同一企業内の従業員のみをもつて組織された、いわゆる企業別組合にあつては、その企業内において組合活動を行なうことはもとより必須のことであつて、使用者は相当な理由がない限り、企業内における組合活動を受忍することを義務づけられているものと解するのが相当である。従つて組合活動の一環として行なわれる企業施設内デモが、使用者の企業活動に現実に障害をもたらし、あるいは使用者の企業施設財産の管理を危うくする等の相当な理由がない限り、使用者は、いわゆる施設管理権に基づき、この企業施設内デモ(構内デモ)を禁止することはできないものと解する。そして殊に、争議行為の補助手段として用いられる構内デモは、対外的には、使用者に対し労働組合員の団結を誇示するとともに、第三者に対し争議状態にあることを知らせ、争議目的についての理解と協力を求め、併せて対内的には、組合員の団結を強め、志気を鼓舞し、争議からの脱落を防ぐ等の目的をもつて行なわれるものと解されるから、その態様において社会的相当性の限度を逸脱しない限り、正当な争議行為として取扱われなければならないものである。

そこでこれを本件についてみるのに、前判示の諸事実および前掲各証拠の外、(証拠略)を総合すると、本件構内デモは、賃上げ等の諸要求実現のための前記ストライキの実効を期するための補助手段として行なわれたものであることが明らかであり、かつ従来から福岡造船分会は、争議の都度その手段として構内デモを行ない、会社もまたこれを容認するのを通例としてきたもので、昭和三六年の争議の際に若干の紛争(福岡造船分会所属の組合員が、作業用具置場を占拠して、作業用具の搬出を一時阻止し、そのため下請企業従業員の作業に支障を来たしたことがある。)を起こした外は、構内デモ等により、工場構内において作業に従事する下請企業の従業員との間に格別の紛争を惹起したこともなく、さらに本件ストライキの決行に先だつて、下請企業経営者に対し、作業用物件の搬出、搬入等作業の妨害となるような行為は一切行なわない旨確約し、本件デモの約三〇分前に行なわれた同組合員らの同種の構内デモにおいても下請企業の作業を妨害したような形跡は見当たらず、その後に行なおうとした本件デモもさきのデモと参加組合員やその態様等においてなんら異るところがなかつたことが認められるのであつて、これらの諸点からして、本件構内デモによつて、下請企業従業員との紛争、ひいては会社の企業活動ないしは施設財産に対する現実の障害又は管理を危うくする等の事態が発生するおそれは全くなかつたものとみることができ、会社としては前叙の受忍義務にかんがみ、組合側がストライキに入つたことのみをとらえ、ただ漠然とした下請企業従業員との不測の紛争を予防するためとの理由だけでは、組合員らの工場構内への一切の立ち入りおよび本件デモを禁止することはできないと解するのが相当で、従つて本件構内デモが会社側のかかる措置や制止を排除して敢行されたとの一事をもつて、直ちにこれを違法と速断することはできない。ところで本件構内デモは、そのための工場構内への立ち入りに際し、判示のような紛争を惹起した外は一応平穏裡に終わり、下請企業関係者や会社側に対しても、その企業活動ないしは施設財産等に格別の障害や損害を与えた形跡は全く見出すことができないのであるから、もとより憲法に保障された団結権、団体行動権の行使であり、正当な争議活動であるというべきである。

なおここで、本件構内デモに際し、組合員らが、会社側の判示のような立ち入り禁止措置や守衛らの制止を実力で排除した点についてふれなければならないが、およそどのように正当な権利であつても、これを行使する手段、方法には社会通念に照らして自ら一定の限度があり、これを逸脱するときは、その点において違法の評価を受けなければならないのであつて、この理は本件のような構内デモに際してもなんら結論を異にするものではなく、またたとえ相手側が自己の正当な権利の行使を不当に妨げたとしても、それに対応し、実力を用いてこれを排除することは厳に慎まねばならず、少なくともこれに対する実力の行使は必要最小限度の域にとどめなければならないものと解するところ、被告人岩井をはじめとする組合員らの本件工場構内への立ち入りは、西らの判示阻止行動に会うや、直ちに多数の組合員の実力に訴え、通用門等を突破乱入したもので、右行動が前叙の趣旨にかんがみいささか行き過ぎであり、その点において違法の評価を受けることは否めないところであるが、そもそもこのような行動に立ちいたらせたのは会社側の不当な立ち入り禁止措置や制止行動に端を発するもので、かつまたそれまでの会社側の団体交渉等における数々の不誠実な態度に徴するときは、その程度は比較的軽微であるというべきで、それが建造物損壊等の犯罪を構成するか否かは別として、そのために前記の構内デモが違法性を帯びるものではないと解する。

(3)西守衛の写真撮影行為の正当性について

およそ何人も、その意思に反して、みだりに自己の容貌、姿態を撮影され、これを公開されない権利を有するものであることは憲法一三条に照らして明らかである。しかしながらこの権利といえども、絶対無制限のものではなく、公共の福祉のため必要があるときは相当の制限を受けるものであることも、また同条の規定に照らして明らかである。従つて撮影者の側に、報道のための取材、犯罪捜査のための必要、裁判のための証拠の保全、その他社会通念上相当と認められる必要性があるときは、相手方の承諾の有無にかかわらずその容貌、姿態を撮影することが許容される場合があるものといわねばならない。しかしながらかかる場合においても、その撮影の方法および公開の方法は撮影を必要とした諸事情に照らして相当な限度にとどめねばならないのであつて、みだりに至近距離からフラツシユ撮影を試みたり、あるいは他人の名誉感情を傷つけるような方法で公開したり、承諾なしに広告に用いたりすること等は勿論許されないところである。

これを本件についてみるのに、会社守衛西三郎は、会社総務部長日高義治の再度にわたる命令に従つて本件写真撮影行為に及んだものであることは前記認定のとおりであり、撮影を命ずるに至つた諸事情にかんがみれば、会社側は、将来の刑事事件としての告訴ないしは仮処分申請等に備えて、その証拠を収集、保全し、あるいは就業規則に基づく懲戒処分の資料を収集する等の必要から、本件の写真撮影を命じたものと推認することができ、既に組合員らが会社の通告、掲示を無視して工場構内へ立ち入り、さらにそれを反覆する気配があり、これらの行動は限度を逸すれば違法行為となる虞があり、現にその点についてはさきに判示のような行き過ぎがあつたのであるから、本件構内デモの結果的評価の如何にかかわらず、前記日高総務部長が写真撮影を命じた趣旨にかんがみると、社会通念上会社側において写真撮影を必要とする相当な理由があつたものということができる。つぎに本件写真撮影の対象となつた組合員らの行動はいわゆるデモ行進であつて、それ自体他人に訴えかけ、かつ目視されることを自ら望んで行なうものであるから、これがいわゆる肖像権の放棄に当たるか否かは別として、その意思に反して写真を撮影されたとしても、撮影自体によつて蒙る心理的苦痛の程度は比較的軽微であると認められるから、この程度の苦痛は当然受忍すべきものと考えられる。ただ西の写真撮影の時機および撮影位置については、既に本件構内デモも平穏裡に終わり、まさに構外に退去しようとした折でもあり、敢えてこの機に、しかも約四メートルの近距離から撮影したことは、この種事案にかんがみ、やや慎重性を欠き配慮に乏しい面があり、組合員らを無用に刺戟したきらいがないでもないが、その方法において格別違法な点があつたとは認め難く、相当な行為として許容されるものと認められる。

(4)被告人岩井の本件所為に対する刑事責件について

そこで最後に被告人岩井の刑事責任の有無を検討することになるが、被告人岩井の本件所為が外形上、行為時の暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項に該当するものであることはさきに述べたとおりであるが、弁護人らも主張するように、およそ外形上は一応犯罪の構成要件に該当する行為であつても、法益侵害(被害)の程度が軽微で、かつ行為態様の社会的相当性からの逸脱の程度がその目的、手段、方法等諸般の事情に照らし社会通念上微弱であると認められるときは、その行為の違法性が、そもそも法の予定する可罰的な程度に至らないものとして当該犯罪の構成要件該当性そのものが否定されるものと解されるので、以下この点について判断を加える。

まず法益侵害の程度につき考察するに、西が被告人岩井らの本件所為により受けた直接の被害は、さきに判示のように、写真機を隠すため背後にまわした左手の腕の部分を同被告人の右手で掴まれ、握つていた写真機をもぎとられた、というだけであつて、加えられた有形力の行使も微弱で、行為継続の時間も極めて短時間に過ぎず、この暴行が判示のような多衆の威力を背景にして行なわれたものであることを考慮に入れてもなおこれにより西の蒙つた身体上の被害および心理的苦痛の程度は軽微であると認めるのが相当である。もつとも第八回、第九回公判調書中の証人西三郎の各供述部分によると、西は被告人岩井から無理に腕をねじ上げられたため、暫時腕に痛みを覚えた旨、いかにも同被告人から強度の暴行を加えられたもののように供述しているが、本件全証拠によるも、西がこの暴行を受けた結果、特に医師の診断を受ける等なんらかの治療的処置を要した事情は認められず、また西は、写真機の引き渡しを求められた際には、それを握つている腕を背後に隠すようにしたというにとどまり、それ以上に強い抵抗を試みた気配は全く窺えないのであるから、前掲証拠上写真機(正確には機中のフィルムのみ)取り上げの意図以上に他意のなかつたことが明らかな被告人岩井においては、写真機を握つている西の腕を掴んで写真機を取り上げればこと足りた訳であつて、かつ、写真機をもぎとつた後は、それ以上なんらの暴行をも加えずに立ち去つていることからしても、相手の腕をねじあげるような必要以上に強力な暴行に及んだものとはにわかに認め難く、この点に関する西の右供述は信用するに足りない。

つぎに行為態様の社会的相当性からの逸脱の程度につき考察するに、被告人岩井の本件所為は、直接には、西が同被告人ら組合員の構内デモを写真撮影したことに端を発したものであるところ、前掲諸証拠によれば、本件春闘以前の争議時においては、会社がストライキ中の組合員の工場構内等への立ち入りを禁止したり、組合員らの行なう争議行動を写真撮影するような措置をとつたことはなく、本件春闘に至り始めてこのような措置に出たもので、しかも会社側はストライキ前の団体交渉においては全く不誠意に終始したうえ、本件ストライキに際しては所轄警察署との連絡のもとに、かなりの警察職員の工場等への出入が組合員に目撃され、無用の緊張を招来していた事情も加わつて、かねてから組合員らが、会社側のこのような態度に不満を持ち、さらに従前とはかなり異つた争議対策に出たことについて、強い警戒心と不安の念をいだいていたであろうことは推認するに難くないところであつて、このような状況下にあつては、被告人ら組合員が、西の写真撮影がたとえ相当な行為として許容されるものではあつても、その目的および利用の方法につき強い疑惑と不安を一瞬いだいたことはまことに当然のことというべきで、また承諾を与えていないにもかかわらず、他人から容貌、姿態を写真撮影された場合に、その撮影の目的ならびに利用の方法に関心を持つのは当然のことであり、その目的等に不審の点があればこれを問いただし、その写真が本人の意思に反したり、又はみだりに公開されたりして、自己の権利を不当に侵害される虞があるときは、これを予防するため相当の措置を講じることも許されるものと解されるのであるから、前記の諸事情に照らせば、被告人岩井をはじめとする組合員らの本件所為は、会社の命を受けた西の写真撮影の目的等に関する疑惑と不安から、写真の恣意的利用を防止する意図に出たやむをえない行為と認めるのが相当である。また被告人岩井の本件所為は、組合員ら約四〇名が、守衛室を取り囲み、口々に「写真機を取れ。引つ張り出せ。やれ、やれ。」と怒鳴つたり、守衛室の板壁を蹴つたり、叩いたりする中で、いわゆる多衆の威力を示して行なわれたものであることは前判示のとおりであるが、右は被告人岩井と同様の立場にあつた同組合員らが、西のやや配慮を欠いた写真撮影行為に触発されて、被告人岩井と同一の意図に出た抗議の言動であつて、それも極めて短時間内にとどまり、しかも写真機取り上げのためにのみしたことが明らかであり、それまでに会社側がとつた不誠実極まる団交態度や不穏当な争議対策等に照らせば、この程度の抗議の言動はまことにやむをえないものとして許容できないものではなく、にわかに不当と断定することはできないものと考える。従つてまたこのような多衆の威力を背景にして行なわれた被告人岩井の所為がその故に違法性を帯びるものではないといわねばならない。

これを要するに、被告人岩井の本件所為は、いわば会社の従前とは全く異つた争議対策に端を発し、会社の不誠実な団交態度への不満等も手伝つて偶発した事犯で、会社側および西三郎の方にも一半の責任があり、また承諾なしに撮られた写真が不当に利用されるのを予防する意図に出た行為であつて、その動機、目的には相当なものがあり、また行為態様においても多衆の威力を示したとはいえ、前記の諸事情にかんがみると、社会的相当性からの逸脱の程度が微弱であるということができるし、被害者西三郎に与えた被害の程度も軽微であるから、その他本件諸般の事情をも併せ考慮すれば、その違法性が、未だ前記暴力行為等処罰ニ関スル法律一条一項の予定する可罰的な程度に至らないものということができ、右罪の構成要件該当性そのものが否定されて然るべき事犯であると認められる。

また被告人岩井の右所為は刑法二〇八条が予定する程度の可罰性を帯びるまでにも至つていないものと判断される。

以上のとおり、被告人岩井の右所為は罪とならないものであるから、刑事訴訟法三三六条前段により無罪の言い渡しをする。

二、被告人粟田、同上嶋が多数の組合員と共謀し、威力を用いて会社の業務を妨害したとの点(公訴事実第四)につき

(一)検察官主張の公訴事実の要旨は、「被告人粟田、同上嶋は、福岡造船分会所属の他の組合員二、三〇名と共謀のうえ、昭和三八年五月二八日、会社がその造船にかかる第三八天生丸の進水式を同会社工場内第三船台において挙行するに際し、自己等の賃上げ等の要求を貫徹するため、これを威力を用いて妨害しようと企て、同日午前一一時一〇分頃から同日午前一一時三五分頃までの間、同船台レール両側に立ち塞がつて、労働歌を合唱し、折柄会社側が右進水式を開始するや、一斉に「前近代的労務管理を止めよ」「会社は我々が貼つたビラをはぐな」「警察権を介入させるな」等と高唱し、同会社総務部長日高義治、同造船部長岸本英明等が、再三に亘つて、同所から立退きを要求したにもかかわらず、これを無視して、式台周辺を、笛を吹き、ワツシヨイ、ワツシヨイの掛声をかけながらデモ行進し、さらに同船台レール両側において、立ち塞がる、怒号する、組合旗を振る、あるいは、また式台周辺をデモ行進する等の方法により気勢をあげて、右第三八天生丸の進水式の進行を不能ならしめ、もつて威力を用いて右会社の前記業務を妨害したものである。」というものである。

(二)当裁判所の判断

(1)当日挙行の進水式と組合員らの妨害状況について

まず、当日挙行された第三八天生丸の進水式とこれに対する組合員の妨害状況をみるに、(証拠略)を総合すると、

会社は、当初、昭和三八年五月二八日午前一一時三八分から、工場第三船台において、漁船第三八天生丸の進水式を挙行する予定であつたが、春闘の賃上げ交渉が長引き、未だ妥結するに至つていなかつたので、組合員がストライキに入り、進水式が妨害される虞もあつたため、当日は、進水式開始の時刻を午前一一時と掲示したのみで、一一時何分に開始するかまでは掲示することを避けていた。

福岡造船分会は、団体交渉に対する会社の不誠実極りない応答態度を改めさせようと、この進水式を目標に、時限ストライキをして、同日午前一一時から一二時二〇分まで、抗議の行動に移ることを各組合員に指令し、抗議行動の具体的内容は現地で指示することにした。被告人粟田、同上嶋を含む組合員らはこの指令に従い、同日午前一一時を期して一斉に職場を離脱し、会社工場構内の木工場に一旦集結のうえ、組合役員の指揮のもとに、被告人粟田、同上嶋を含む組合員約二、三〇名が工場構内をデモ行進して、第三船台の第三八天生丸の進水式場へ向かい、午前一一時一〇分頃、式台と第三八天生丸との間の船台レールの両側に立ち並んだ。

一方会社は、組合から時限ストライキの通告を受けると、直ちに非組合員である職員を代替進水式要員として用意し、組合員による進水式の妨害を回避する目的で、その開始時刻を繰り上げることにした。進水式挙行の責任者である会社造船部長岸本英明は、午前一一時一〇分過ぎ頃、真つ先に進水式場へ赴いたところ、組合員ら約三〇名が、第三船台に設けられた式台と船との間のレールに並んでいた。やがて代替進水要員も集つてきたが、組合員らが前記のとおり立ち並んでいたため、進水式のための所定位置につくことができなかつた。岸本造船部長は一人一人に同所を立ち退いて進水式の妨害をやめるよう説得したが、組合員らはこれに応ぜず、「前近代的労務管理をやめよ。」等と会社の労務政策に抗議するシユプレヒコールを反覆する等して気勢を上げ、午前一一時一五分頃、会社役員、船主、来賓らが式台に姿を見せると、いつそう声高にシユプレヒコールを繰り返し、労働歌を合唱するなどし、到底進水式を始めることはできないような喧噪な状態となつた。やがて組合員らは全員デモ行進に移り、式台の周囲を二、三回まわつたのち、木工場方面へ立ち去つた。

岸本造船部長は、直ちに代替進水要員を所定の配置につかせ、進水式の式典が開始され、開会の辞に続いて国歌斉唱にはいつたところ、午前一一時二〇分頃、再び被告人粟田、同上嶋を含む組合員約三〇名が、被告人粟田の持つた赤旗を先頭に、ワツシヨイ、ワツシヨイと掛声をかけながらデモ行進をして来て、進水式場周囲を二、三回まわり、続いて式台と船との間に集つて、前同様会社の労務政策に抗議するシユプレヒコールをしたり、労働歌を歌うなどしたため、国歌の斉唱も聞きとれないような喧噪な状態となり、式典は中断しなければならなくなつたが、午前一一時三〇分頃までには全員引き揚げて行つた。

会社は、再び進水式の式典を最初からやり直し、その後は組合員らによる妨害もなく、当初の予定時刻から余り遅れることもなく無事に式典を終え、船を進水させることができた。しかしながらその後の祝賀会の席上で、組合員らの前記妨害行為につき、船主からきつく苦情を申し込まれ、造船部長らは陳謝の意を表明しなければならなかつた。

との事実が認められる。

ところで、以上認定の事実によれば、当日の被告人両名を含む組合員らによる進水式場における前記行動のうち、被告人粟田、同上嶋が、組合員ら約三〇名とともに、午前一一時一〇分頃から一五分過ぎ頃までの間に、進水式場の式台と船との間のレールの両側に立ち並び、シユプレヒコール、労働歌合唱などを行ない、代替進水要員が所定の配置につくのを妨げ、続いて式台の周囲をデモ行進して式典の開始を妨害した行為、および午前一一時二〇分頃から三〇分頃までの間に、進水式場の周囲をデモ行進し、続いて式台と船との間に集つてシユプレヒコール、労働歌合唱を行ない、進水式の式典を一時中断させた行為は、いずれも被告人両名が他の組合員約三〇名と共謀し、威力を用いて会社の進水式挙行の義務を妨害したものと認められ、右は刑法六〇条、二三四条の構成要件に該当する。

しかしながら被告人両名の右所為は、争議中における抗議行動として組合の指令に従つてなされたものであるから、公判審理の過程において、弁護人らから、被告人両名の右所為は正当な争議行為として労働組合法一条二項により刑事責任を免除されるものである、との主張がされ、重要な争点となつたので、以下この点についての検討を加えることとする。

(2)労働組合法一条二項のいわゆる刑事免責について

労働組合法一条二項は、労働者の団体交渉その他の行為であつて、前項に掲げる目的(労使対等の立場の促進による労働者の地位の向上、自主的団結の擁護、団体交渉およびその手続の助成等)を達成するためにした正当なものについては刑法三五条の規定の適用がある旨定める。

さきにふれたように、被告人両名の本件所為は、時限ストライキ中の抗議行動として、組合の指令に従つてなされたものであるから、以下右所為が、正当な争議行為に当たるものか否かにつき、順次検討を加えることとする。

(イ)目的の正当性につき

被告人両名の本件所為は、さきに認定したように、会社の団体交渉に対する不誠実な応答態度を改めさせることを直接の目的としたものではあるが、究極的には労働条件の改善による経済的地位の向上をめざした争議行為としてなされたものであることが明らかであるから、その目的が正当なものであつたことはいうまでもない。

(ロ)行為態様の相当性につき

つぎに、被告人両名の本件所為が、行為態様において、争議行為として社会的に相当なものであつたか否かについて検討を加える。

(A)会社の、団体交渉義務の不履行等について

使用者は、その雇用する労働者の代表者との団体交渉に、誠実に応じなければならない義務を負い、正当な理由がないのにこれを拒否し、あるいはいたずらに遷延することの許されないものであることは、憲法二八条、労働組合法七条二号によつて明らかである。また労働組合法六条によれば、労働組合の代表者のみならず労働組合の委任を受けた者は、労働組合または組合員のために、使用者と団体交渉をする権限を有するものであるから、使用者は、労働組合の委任を受けた者との団体交渉を、正当な理由がないのに拒否することも同様に許されないのである。

これを本件につきみるのに、さきに判示のように、下山オルグは、福岡造船分会の上部組織である全造船本部から派遣されたきた全造船中央執行委員であつたばかりでなく、福岡造船分会から、昭和三八年春闘における賃上げ等諸要求に関して、会社と団体交渉をする権限の委任を受けたものであつたから、会社は、正当な理由がない限り、同人の団体交渉への出席を拒否できない義務を負つていたものである。しかるに会社は、下山オルグが団体交渉に出席することを最後まで拒み続け、遂に団体交渉の席上に一度も出席させなかつたものである。そして本件証拠上、会社が下山オルグとの団体交渉を拒むべき正当な理由は全く見出すことができないのであるから、右は、団体交渉の不当拒否以外の何物でもない、という外はない。

前掲証拠中の証人日高義治および証人岸本英明の各供述部分によれば、会社側の団体交渉担当責任者である日高総務部長は、組合から委任を受けた者の団体交渉への出席は、正当な理由がない限り拒否できないことを十分知悉していながら、団体交渉には上部団体のオルグは絶対に入れさせないとの不法、不当な方針を予め固めて、組合との団体交渉に臨んだものであることが窺われるのであつて、会社側のこのような態度は、労働組合法七条二号所定の不当労働行為に該当するばかりでなく、組合の団体交渉権を侵害する不法な行為であると言われても致し方のないことである。

なお前掲証拠中の証人川野源介および証人日高義治の各供述部分によれば、会社側は、労使間において正規の団体交渉に先立ち、組合側は三役のみが出席するところの小委員会による労使の交渉において、賃上げ等の話し合いを進め、円満解決のめどをつけたうえで、正規の団体交渉にはいり、交渉を妥結するのが従来からの福岡造船の労使間の慣行であり、この慣行に従つて下山オルグを労使団交の席上に出席させなかつたものである旨供述している。勿論労使間のこのような慣行は、一応の理由があつて形成されてきたものであるから十分尊重しなければならないものであることはいうまでもないが、この小委員会における労使の交渉はあくまでも正規の団体交渉ではなく、いわば労使間協議会とでもいうべきものであつて、労働法上団体交渉に代えることのできる法律上の要件を備えたものでもないのであるから、あくまでも労使の協調に則つた労使交渉の場として、労使間の合意に基づいてのみ開催することのできる類のものに過ぎないのである。労使のいずれかがこれを嫌つて団体交渉を要求した場合には、当然正規の団体交渉としてこれに応じなければならないものであつて、小委員会の交渉には応じるが正規の団体交渉には応じないなどということは許されない。

また、使用者は、誠意ある態度をもつて団体交渉に臨まねばならないものであつて、いたずらに駆け引きに終始したり、あるいは食言するようなことがあつてはならないものである。本件において会社が、当初、三月二一日実施、賃上げ額二、八〇〇円の回答を出しておきながら、組合が四月一二、一三両日にわたりストライキに入つたことを理由に、この賃上げ回答を全部白紙に戻すと言い出し、その後組合の要求にもかかわらず約一か月間にわたつて賃上げに関する具体的回答を出すのを遷延した挙句、今度は前回答を下廻る回答しか出さず、さらに団体交渉開催期日を特段の理由もなく遅らせようと図つたのは、ストライキ実施に対する制裁ないしは報復としての措置という外はなく、到底誠実な団体交渉態度ということはできない。

(B)組合員らの本件行動の正当性

労働組合による争議行為は、通常、いわゆるストライキとして、団結による集団的労務提供義務の不履行を中心として行なわれるものであるが、それが組合員の経済的地位の向上をめざす手段として、労使の対立抗争する中で行なわれるものであることは、さきに述べたとおりであり、労務提供義務の内容、職場の状況、使用者の労務対策等の諸条件に応じて、多種多様な手段が用いられ、かつ、労使間の紛争情況の変転に応じて、弾力的、流動的に変化していくものであつて、単純な集団的労務不提供行為にとどまらず、ピケツテイング、シツトダウン等の諸手段が併用されるのであるから、労働者側がこれらの手段による威力を行使して、使用者の業務を妨害した場合においても、これをもつて直ちに暴力の行使にあたるとし、争議行為として許容されないものと速断することはできず、労働者が業務妨害行為に及ぶに至つた原因、動機、目的、業務妨害の手段、程度等諸般の事情を考慮したうえで、それが争議行為として許容される正当な範囲を逸脱したか否かによりこれを決しなければならないものと考える。

これを本件についてみるのに、会社側において、正当な理由もなく下山オルグの団体交渉への出席を拒否し続け、不当な団体交渉拒否を行ない、そのうえストライキ決行を理由に賃上げ回答を白紙に戻してのち一か月間も無回答を続けた挙句、前の回答を下廻る回答を出す等、組合側を全く愚弄するにも等しい交渉態度に出たことが、本件の組合員らによる進水式場における抗議行動を招くに至つた最大の要因となつたことは前記認定の諸事実から明らかなところである。そして労使間の紛争は、まず当事者間において自主的に解決しなければならないことが要請される以上、組合側においては、会社をして誠実に団体交渉に応じさせるように努力して紛争の解決を図らねばならなかつたものであり、既に再度にわたるストライキによつても、会社側がその態度を改めようとする気配すら示さなかつたものであるから、より実効性のある争議手段をとる外なかつたものである。しかも、船主、来賓等部外者多数が列席する進水式は、会社側の不当な団交拒否等を第三者にも訴えることにより、会社側に反省を求め、その態度を改めさせる絶好の機会であつたのであるから、組合側において、この進水式挙行の時間帯に時限ストライキを組んで進水式の業務に就くことを拒否し、併せて、組合の主張のアツピールと会社に対する強力な抗議行動を行なつたのは、例年の賃上げ交渉の妥結時期をはるかに遅れてなお解決のめどがつかなかつた当時の事情をも併せ考えれば、組合側としてまことにやむをえずしてなした争議行為といわねばならないであろう。

また組合側は、進水式の開始が当初の予定より若干早められるであろうことは一応予想していたものの、進水式場における抗議行動は遅くとも当初の進水式開始時刻の午前一一時三八分までには終了させる予定であつたのであり、実際にも進水式場での抗議行動は午前一一時三〇分頃をもつて終了させているのである。そして組合員らが行なつた抗議行動の態様、程度も、進水式開始前に式台と船との間のレールの両側に立ち並んで、代替進水要員が所定の配置につけないようにし、また会社の労務政策を非難するシユプレヒコールを反覆し、あるいは労働歌を高唱するなどし、さらに式台周囲をデモ行進して、式典の開始を妨害し、続いて式典開始後間もなく式場にデモ行進して来て、前同様シユプレヒコールの反覆、労働歌の高唱に及んで喧噪にわたり、式典を中断するに至らせたにとどまり、直接の暴力に訴えるような行為は一切行なわれなかつたものであり、組合員の示した威力によつて業務の遂行が妨害された程度も、進水式の開始が約一五分ないし二〇分程度遅れたに過ぎなかつたのである。

そもそも進水式は厳粛に行なわれなければならないものであり、殊に漁船の進水式は縁起をかつぐこともあつて、本件の組合員らの抗議行動が行なわれたことにつき船主からきつく苦情を申し込まれ、陳謝の意を表した外、会社側において相当の迷惑を蒙つたであろうことは推測に難くないところであるが、このような不詳事を招いたことについては、会社側に多大の帰責事由があることは前記のとおりであるから、会社の自ら行なつた背信的団交態度や団交拒否に照らせば、これを受忍するのもやむをえない程度のものであつたというのが相当である。

以上の諸般の事情を勘案すれば、被告人粟田、同上嶋の、他の組合員約三〇名と共謀して行なつた本件の威力による業務妨害行為は、未だ正当な争議行為としての限界を逸脱したものとはいい難く、従つて被告人両名の右所為は正当な争議行為として、労働組合法一条二項、刑法三五条により、刑事上、なんらの責任を負うものではない。

以上説示のとり、被告人粟田、同上嶋の本件所為は罪とならないものであるから、刑事訴訟法三三六条前段により、右被告人両名に対しいずれも無罪の言い渡しをする。

よつて主文のとおり判決する。

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